やりたいことを引き出せない。会話がなかなか続かない。
施設ですごされていた、ご高齢の方のリハビリに介入することになりました。
会話のなかから目標となるようなことを引き出そうと手を替え品を替え話題をふるものの、なかなか話が続きません。コミュニケーションの一方通行です
当然、リハビリへのモチベーションも上がらず、その時はちょっと座っただけでもすぐ疲れてしまうくらいの状態でした。
そんなある日、ぽつんと、
「孫の結婚式に出たい」
ちいさな声でのつぶやきでした。もちろん、その声を聞き逃すわけにはいけません。その時の状況から、長時間椅子に座ることも難しく、結婚式への参加は難しいと考えましたが、
「結婚式に出るためにがんばりましょう」
約2カ月後に開かれる、お孫さんの結婚式に向けてリハビリの計画を立て、
少しずつ座る時間を長くできるようにトレーニングをはじめました。
結婚式のあいだ、テーブルに座っている。
目標が明確なのでそれ以前とはまったく別人のようにリハビリに対するモチベーションが上がりました。
同時に思いのちからで不思議なパワーが出るのか、「無理かもな」と思っていたことが「もしかしたら…」と、わたしたちの思いも変化していきます。座る時間が増えるとともに、会話の時間も増えていきました。
そして迎えた、お孫さんの結婚式当日。
そして迎えた、お孫さんの結婚式当日。
車椅子で会場に向かったその方に付き添って、わたしたちもお孫さんの結婚式会場に向かいました。この日のためにリハビリを進めてきたものの、まだ「最後まで座っていられるのか」と、不安はありました。
会場の後ろで見守っていると、お孫さんに向ける満面の笑み。
これまで1年以上の介入のなかで、はじめての笑顔です。
そして、式のあいだの2時間半。最高記録を達成です。
テーブルに座り、最後まで式を楽しみ、家族としあわせを分かち合う。
そんな最高のひとときを共有できたわたしたちも
しあわせな時間をすごしました。
疾患による症状進行の改善のためにリハビリに介入したあるご夫婦のお話です。
熊本地震の影響で、ご自宅が全壊し、それがストレスとなりご主人の疾患の症状が進行していました。住み慣れたわが家が、ちょっとでも住みづらい状態があると日々の動きに、これほどストレスがかかるものかと実感したものです。
お話をうかがうと、カラオケが大好きで、以前は、カラオケ愛好会のグループにご夫婦で参加していたとのこと。
目標は、定まりました。
「友だちとカラオケに行く」
症状の進行で、声が出にくくなっていたことからまずは「声を出して歌う」を目標にしてリハビリを行いました。外出する、となるとハードルが高くなるのでいきなり「カラオケ店に行く」のではなく、まずは
「お友だちをご自宅に呼んでカラオケを楽しみませんか」
と、ご提案しました。
カラオケを歌うことを第一目標としたことで、ご本人の意識もはっきりしたのでしょう。発声練習を重点的に行い、少しずつですが、発声が良くなってきました。
前進すると楽しくなるもので、また前進。そうして、ご自宅にお友だちを招待してのカラオケ大会開催につながりました。
好きなこと、やりたいことがあると、どんな小さなことでも、
その目標に向かって人は想像以上の大きなちからを発揮することがあります。
わたしたちは、その目撃者になることができそれが、わたちたち自身のモチベーションにもなるのです。
ご主人の次なる目標は、カラオケ店にでかけて、お友だちとカラオケ大会。
目標をシェアして、ともに歩く日々は続きます。
一対一のおつきあいは、家族ぐるみのおつきあい。
看護師、理学療法士、作業療法士、看護・リハビリに関わるスタッフは
それぞれに役割はありますが、利用される方の「○○したい」「○○に行きたい」「○○を見たい」の目標を共有して、チームで同じ方向を向いて取り組んでいます。
疾患による麻痺をもった方への看護・リハビリのエピソードについてご紹介します。
介入した当初は、疲労感を強く持たれていてネガティブに捉えられていた方でしたがしばらくチームで関わっているうちに、会話のなかから若い頃に釣りが趣味だということを、引き出しました。
「家族と釣りにでかける」
でかける、ということは、移動手段が必要です。
目標として、車の運転を設定しました。
車の運転を想定した動作のトレーニングを重ねて、広大な駐車場を持つ施設に出かけて、少しずつ慣らしながら1年という月日をかけました。
釣りのルアーをご自分でつくられるので、つくり方を教えてもらうこともありました。共通の目標があれば、共通の話題が増えていきます。少しずつ打ち解けて、関係性が築けていることを実感しました。
そうして、釣りドライブ当日。
ご家族といっしょに、天草へ釣りに出かけました。
結構なロングドライブです。わたしたちも、いっしょです。
釣果は、ご想像におまかせしますが、1年という時間をかけて、釣りにでかける、という目標は達成しました。この家族ぐるみの釣りドライブを恒例行事にできたら、素敵です。
末期がんの80代女性。
健康相談とリハビリで週に4回、スタッフが交代で訪問しています。
介入をはじめた時点で、宣告されていた余命は1カ月。
身体的な自覚症状が少ないことから、
ご本人はまだ気持ちの整理がついていないご様子で、
特段、変わりのない生活を送られていました。
月に一度の大学病院受診では限られた時間で先生に症状を伝えなければなりません。でもご本人は、薬を飲む必要性すらあまり感じていないため、何を相談していいかわからず、とりとめのない話になってしまうのです。
しかし、残された時間は限られています。
この今という時間を、なんとなくではなく有意義なものにしてもらいたい。最期の迎え方に正解はないからこそ、わたしたちは ご本人の心に寄り添い、お気持ちを伺うことに注力しました。
すると
「息子が日用品を買ってきてくれるが、本当は一緒にゆっくり出かけたい」「体が動く間に、部屋の片付けをしたい」
といったご本人の本当の気持ちが見えてくるように。
またいろいろとお話ししていく中で、「実はこんなことがある」と些細な体調の変化を教えてもらえることも。そこで得た情報は、毎月受診日の前に先生へお送りしています。病院と連携を図ることで診察がより充実したものになり、適切な検査や治療、ご本人の不安の解消につながりました。
症状や困っていることを相談してくださると
それを元に、ご家族や病院の先生への橋渡しができます。
「あなたが来てくれるのを本当に楽しみにしている」
今では、そんな言葉もいただけるようになりました。
ご本人は何を感じ、どう思っているのか。
じっくりとお話を聞き心に寄り添うことが、私が目指す看護の姿です。
定期訪問先のマンションでのことです。
暗い表情をした女性の方と、エレベーターが一緒になりました。
挨拶を交わし立ち去ろうとしたものの、背中に視線を感じます。
何か話したそうな雰囲気に思わず「どうかされましたか」と声をかけてみることに。
すると「よく来られてますよね」と。
介護士と思われていたようですが、定期的に訪問している私の姿を見て、相談するか迷っていらっしゃったようでした。
「アウトドア好きだった旦那が、外に出なくなってしまって別人のようで」
ご主人の変化や異常行動に悩んでいらっしゃった奥様。
どこに相談していいかもわからず、一人で抱えていらっしゃったのです。
伺った内容が脳疾患による症状に似ていると感じ、
いくつかこちらから質問すると、やはり当てはまるとのこと。
次の訪問があったため連絡先を交換して別れましたが、
どうしても疾患のことが気にかかり、他の看護師に電話。
すぐに様子を見に行ってくれ、
翌日には代表とケアマネージャーとともにお宅を訪問しました。
ちょうどその前日から歩行障害が見られていたため、
救急車搬送を勧めたところ、脳疾患と診断されて即日入院。
ご家族から、とても感謝していただきました。
後日、またマンションで奥様とお会いしました。
今度は元気そうなご様子で、今からお出かけとのこと。ご主人の病気がわかり、適切な治療が行えたことで、これまで一人で抱え込んでいらっしゃった奥様も、前を向けるようになられたようでした。
ご家族の支援があっての、在宅医療です。
ご家族のために生きる、ご本人。
ご本人のために支援する、ご家族。
看護は、その両方を支える仕事だと実感しています。
80代の女性。毎日近くの公園まで散歩にでかけるのが日課でした。一人で杖をついて公園まで歩き、掃き掃除。
季節の花々や子どもたちの遊ぶ姿に癒され、帰り道に自動販売機で好きなジュースを買って帰るのがルーティーン。
しかし半年前の大きな転倒を皮切りに、転倒や骨折、入院を繰り返すようになり、とうとう一人で家から出ることが難しくなってしまいました。
「また公園に行けるようになりたい」
ご本人の強い願いを叶えるべく、ケアマネージャーより依頼を受けてUMICAHIの介入をスタートしました。
当初は自宅内での歩行も、不安定。
ご家族やケアマネージャーさんとたくさん話し合いを重ねながら、
手すりをつけたり家具の配置を変えたりと、転倒を防ぐような生活環境を整えます。万が一転倒した際の対策として、携帯電話と笛を首にかけておくことも提案しました。
もともと活発で働き者の利用者様。
同居するご家族の家事を手伝えないことがもどかしいようで、
何かできないかと動いては、転倒してしまうこともしばしば。
動きたい、というご本人の気持ちを尊重しながら
できることはしていただき、危険なことはしっかり止めるようにしています。洗濯物を畳んだりコップを1、2個洗ったり
新聞紙やチラシで折った箱をデイサービスに持って行って喜ばれたり…
少しずつ体力をつけているところです。
そして念願だった公園への屋外歩行もできるようになってきました。
「やっぱり外は良いね。子どもたちを見ると楽しくなる」
と嬉しそう。
今の一番の目標は、ご家族の見守りだけで散歩に行くこと。
まだ少し時間はかかるかもしれませんが、慌てずゆっくりと目標に向かって進んでいます。
高齢になっての転倒は、その後の生活に大きく影響を与えます。
90代女性の利用者様も、転倒を繰り返したことで腰を圧迫骨折して入院。
退院を機にUMICAHIのリハビリがスタートしました。
年齢を重ねるごとに少しずつ弱くなる足腰と、日々すすむ物忘れ。
久しぶりに帰宅できたものの、歩くのがわずらわしくて和室を這って歩いたり廊下でよろめいたり。膝には青あざがいっぱいできており、安全とは言い難い生活でした。
リハビリでは、転倒や骨折の予防を一番に、足腰の筋力強化と日常生活の動作を再確認。自宅での安全な生活を取り戻すことを一番の目標にしました。
おしゃべり好きでチャーミングな利用者様。
ご主人と三人でお話ししながら、楽しくリハビリを進めていくうちに、少しずつ筋力が増え、歩行や日常動作も安定してきました。
そんなある日のこと、息子さんより提案がありました。
「家族旅行をしようと思っています。孫と、ひ孫も連れて」。
少しずつ動けるようになってきたお母様の姿に、安心されたのかもしれません。ご本人にとって数年ぶり、大好きな小学生のひ孫さんも一緒の家族旅行が計画されました。
お孫さんが旅行用の杖を買ってきてくださったので、使い方を一緒に練習。
「これは旅行に行くための杖だもんね」
認知が曖昧になる中でも、旅行のことは理解されているご様子で、
できる限りの準備をしてその日を迎えました。
そして退院してから半年、ついに阿蘇の旅館への1泊旅行が実現しました。
心配だった腰の痛みも出ることはなく、
お守りとしてバックに忍ばせていたコルセットも装着することはなかったそうです。
「楽しい時間を過ごせました」と報告してくださった
息子さんの笑顔と満足そうなご主人の顔が忘れられません。
利用者様お一人おひとりに、それぞれの人生があり、辿られてきた道のりがある。訪問看護を通して、多くのことを学ばせていただいています。
脳梗塞で左半身麻痺となり、UMICAHIを利用されている男性は、
若い頃から責任感が強く、PTAや地域おこしにも積極的に携わられていた方。
現在は週2日のリハビリと月1日の訪問看護を利用されています。
「昔はこんなことをやっていたんだよ」
「こんなこともしたことあるんだ」
「頑張りすぎて今病気しちゃったんだよね」
並々ならぬ行動力に、深い人生観。
さまざまなお話は、勉強になることばかりです。
訪問日のある朝、ご本人よりお電話がありました。
「今日は天気が良いから歩いて公園に行こう!」と。
以前から、春になったら行こうとおっしゃっていた公園です。
距離があり、道のりも強い傾斜があるため心配しましたが、
ご本人の強い意志から急遽実行することに。
—どうしてそんなにも公園に行きたいのだろうか。
少し疑問を抱えながらも、一緒に公園へ向かいます。
傾斜が強い道。壁に寄りかかりながら、30分かけて頑張って歩かれました。
ようやく辿り着いた公園。あたりいっぱいに広がる梅の花。
お話に聞いていた通りの絶景です。
長距離の歩行でお疲れになったのか、「そこの石碑を見ておいで」とわたし一人で先を見に行くようおっしゃいました。
公園の一角にあるその石碑を覗いてみると、利用者様のお名前が。
この公園は、利用者様が町おこしの一環として、
地域の仲間たちと共につくったものだったのです。
—そうか、これをわたしに見せたかったのか。
利用者様は、満面の笑みを浮かべられました。
「大好きな孫と最後まで一緒にいたいです」
長年闘病されていた85歳の女性。
ご本人が“最期は家で”と決断され、UMICAHIヘ看取りの依頼がありました。
娘さんは「母がこの家を最期の場所に選んだから、頑張ります!」と。その日がそう遠くはないとわかりながらの介入。
穏やかな日々がはじまりました。
訪問がスタートしたのが、ちょうど夏休みの時期。
小学1年生のお孫さんは「私、将来看護師さんになりたい!」と
訪問時には毎回付き添い、手伝ってくれました。
外を眺めながら足浴をしていると「私も足洗ってあげてもいい?」と寄ってきたりお茶を準備すると「私があげてもいい?」とキラキラの笑顔で水分介助してくれたり。
そんな日々が3カ月ほど、続きました。
最期の日。県外からもご家族が集まられ、
みなさんに見守られながら、眠るように息を引き取られました。
「私も身体拭いてあげていい?」
小さい看護師さんは私の側に寄ってきました。
涙をしっかりこらえて「おばあちゃんありがとう」と言いながら身体を拭きます。最後のお化粧を手伝うことも、以前から約束していました。
そしてすべてが終わると、小さい看護師さんは堰を切ったように泣き始めました。その姿に、みんなでもらい泣き。2匹の猫たちもベッドに寄り添う、賑やかで素敵な夜でした。
後日お花を持ってご自宅に伺うと、元気なお孫さんにお会いすることができました。
「看護師さんになりたい!」
変わらず、そう思ってくれているようです。
まるでドラマのようなお話ですが、
在宅看護では心温まる人間模様に涙することがたくさんあります。
そんな時間を過ごせるのも、訪問看護の醍醐味だと思っています。